精神疾患の夫と暮らす癌サバイバーの妻

実家じまい、癌治療、癌サバイバー、アルコール依存症、双極性障害などについて語ります。

拠り所

桜も満開から桜吹雪になりつつあります。開花からあっと言う間ですね〜🥺

 

少し名残惜しいです😔

 

でも、パッと咲いて惜しまれながら散っていく。。

 

桜は素敵ですね〜🌸

 

 

前回の話の続きになります。

 

主人はしぶしぶ通院し、クリニックの依存症プログラムにも参加するようになりました。

 

私も、通院に毎回一緒に行き、プログラムにも部屋にいれて頂き、見学させていただいていました。

 

主人が参加していたプログラムはいろんな依存症の方が参加するプログラムでした。

 

なので、薬物、ギャンブル、アルコールと分かれてのグループワークもありましたが、一緒の講座も多々入っていました。

 

でもプログラムの内容は主人には全く響いてなかったようでした。

 

逆にアルコールを断とうとは、思えなかった様子。

 

なぜなら主人曰く、プログラムに参加されてる他の依存症のタイプの方々は、プログラムが終わったら飲みに行こう等話されていたようだったから。。とか。

 

混合のプログラムは主人には合っていなかったかもしれません。

 

可能であればアルコール依存症だけのプログラムに参加したかったのですが、平日の午後だったため、これ以上会社を休んでの参加は厳しかったようです。

 

とはいえ、依存症プログラム参加のために半休、断酒会に出席するために早退。会社の上司の理解がなければできなかったことでした。

 

毎回、断酒会の出席カードに断酒会の出席印と上司の確認印、そしてそれを確認する主治医。

 

主人は、だんだんしんどくなっていってるようでした。

 

通院、プログラムの帰りにそのまま飲みに行くことが、だんだん習慣になっていってしまいました。

 

断酒会での経験談でも、あろうことか、飲み屋の話を楽しそうに話す始末。最悪です。

 

断酒するため頑張ってる人や、断酒に至る壮絶な経験を話されてる皆さんの前で、話してはいけない内容でした。

 

一緒にいる私は家族としても何も発言できませんでした。

 

あまりに空気を読まない主人の話の内容に、怒りと呆れと皆さんに申し訳ないという色んな気持ちが入り混じっていました。

 

ただ、私達の出席していた断酒会はいつも優しく迎えいれてくださり、「出席しているだけでいいよ」と言ってくださっていました。

 

私が発言できない複雑な思いも理解してくださって、家族会を別部屋に設けて、発言できる場を作ってくださいました。

 

会は主人にも積極的に声をかけてくださいました。

 

この時の断酒会は私にとっては大きな拠り所になっていました。

 

この話の続きは次回にさせて頂きます。

 

 

今日も最後までは読んでくださりありがとうございます。